好奇心は鯖をも殺す

日記

2018年 大分トリニータは昇格しました。

試合当日、男4人を乗せたレンタカーは早朝の東京を北に向け出発した。
J2最終節、大分トリニータは首位松本と勝ち点1差の2位で、優勝の可能性もあるが、同勝点に町田、2点下には横浜FCと上位4チームはそれぞれに1位から4位になる可能性があるという痺れるシチュエーション。
なおかつ、対戦相手のモンテディオ山形は、99年シーズンに、今回同様2位で最終節を迎えJ1昇格を狙っていた大分の夢をを試合終了間際の同点弾で打ち砕いたという因縁がある。この試合を巡るルポは『秋天の陽炎』として書籍化もされた。
残り1試合となってからというもの、眼前で昇格を決める妄想で脳を安らかにをしようとしても、不吉な予感が振り払えずかえって不安になる一週間を過ごした。

道中の車内では、昔の選手や今日のスタメンについて会話が弾んでいたが、一般道に降り、スタジアムに近づくにつれて緊張で口数が少なくなっていく。観戦するだけの人間でこの調子なのだから選手の緊張は如何ばかりだろう。
キックオフの1時間ほど前にモンテディオ山形のホームスタジアム、NDソフトスタジアム山形に着くと、アウェーゴール裏には既に数百人の大分サポーターがひしめいていた。
応援を煽る言葉も聞こえてきたが、スタジアムに着いて最も優先度が高いのはスタジアムグルメ、いわゆるスタグルである。特にアウェーゲームとなれば、次はいつ食べられるのかもわからないのだから、食べずに帰ることはできない。

山形のスタグルは非常にレベルが高く、何を食べても美味しい。名物の玉こんにゃくや、牛すじ煮込み等も良かったが、なんといってもモツ煮込みである。400円という価格からは考えられないほど贅沢にモツが投入され、その結果、スープにはモツの出汁が存分に出ている。一口ごとに体の芯から温まるのもこの季節のサッカー観戦には最適だ。もはや、山形に居る間の食事は全てこれで良いとすら感じる。

キックオフ30分前の食事ブース周辺には決戦の雰囲気は全く無く、穏やかな休日の午後の空気が漂っていた。

ゴール裏に戻ってモツの余韻で落ち着いていると試合が始まる。コートチェンジはなく、前半は山形ゴール裏側に攻め、後半はその逆になる形だ。
ここ数試合、前半の入りは緊張からか選手たちがガチガチに固くなっているのを見ていたので心配したが、ボールも体も動いているようだった。
普段どおり動けているとはいえ、CBから中央へのボールは通させてくれないので、サイドからなんとか前線にボールを繋ごうとするも、裏へのボールが繋がらずというなかなか難しい展開だった。

味方のパスを受けた大分右CBの岩田が駆け上がり、バイタルエリア付近まで持ち上がり、足を振りかぶる。クロスかシュートか。ペナルティエリア中央に向けてグラウンダーのクロスを入れたのが見えた。誰かがシュートを打つ。ピッチの反対側での出来事でボールの行方ははっきり見えなかったが、選手の隙間からボールがサイドネットを揺らしたのが見えた。
大分サポーターは飛び跳ね、誰彼かまわずハイタッチや抱擁を交わす。得点したのは左WBの星だと場内アナウンスでわかった。

これで一点リードしているのだから、このまま終われば他会場の結果にかかわらず昇格は確定する。得点を喜びつつも、もう試合が終わってくれという気持ちにすらなる。3分に1度は背後の電光掲示板の時計を確認してしまう。
その後は、CKからバーに直撃させるヘディングなどいくつかチャンスは作りつつも無得点で前半を終えた。

ハーフタイムに他会場の情報を確認するとライバルたちの試合はまだスコアが動いていない。このまま行けば優勝するが、昇格以外の要素は他会場の結果次第だ。後半は随時他会場情報を気にしながらの観戦になる。

後半に入っても試合の展開は殆ど変わらず、山形に決定的なチャンスはそれほど作らせていないものの、攻め込まれる回数は決して少なくなく、時が進むほどに緊張が高まる。時計を見る頻度は3分に1度から1分に1度、プレーが切れる度……と加速していく。
他会場ではライバルの横浜が先制したという情報が入る。まだ大丈夫だ。横浜には負けない限り抜かれることはない。更に、町田が失点したらしい。これで引き分けでも突破できる確率が高まる。大分が引き分けた場合、町田は勝たなければ大分を抜くことはできない。
山形に押し込まれるシーンが増えてきた中で、この情報は心を少し落ち着かせてくれた。

しかし、数分の後に町田が得点し同点に戻す。今年の町田が怖いのは失点しても決して心が折れない所だ。これは大分戦でもまざまざと見せつけられた。町田には逆転する力がある。だが、松本はまだ0-0で、大分が有利なことは変わらない。
85分、アディショナルタイムを除くと残り5分という状況になり、大分のゴール裏にもまだ終わらないのかと時計を見る人が増える。みんな緊張した面持ちだ。試合は山形にチャンスを数度連続で作られつつも水際で防いでいるような状況だ。選手たちにも少し時間を消費しようというプレーが見え始めるが、攻撃のシチュエーションになればなんとか人を掛けて試合を決定づける2点目を得ようとしている。

89分が過ぎ、あとはアディショナルタイムさえ乗り切れば昇格で、このまま行けば優勝も付いてくる。ピッチ脇の第四審がアディショナルタイム4分を知らせるボードを掲げた。長い4分が始まる。
そう思って数秒経っただろうか、山形の選手が中央でボールを受けた。そのまま裏にパスを出すと、大分GKの高木が飛び出すが届かない。シュートはDFのスライディングで防いだが、こぼれ球が青いユニフォームの近くに転がる。大分の選手が寄せたがそのままミドルシュートを打ち、ボールはDFの背後に消えた。そこまで厳しいコースではなかったがどうなっただろう。ゴール裏からは手前の選手の影になっていて見えない。
急に山形のゴール裏スタンドが一回り大きくなった。満員の観客が一斉にタオルが振っていた。ボールこそ見えなかったが、同点に追いつかれたことを知るには十分すぎる光景だった。

松本がこのまま0-0で終わったとしても町田が得点してしまえば3位でプレーオフに回ることになってしまう。残り数分での同点弾に秋天の陽炎がよぎる。失点のショックに、大分のゴール裏の半分以上は再び動き出すのに20秒は掛かっただろう。
FW林を投入し、なんとか再びのリードを奪おうとするも、長いホイッスルが聞こえる。試合が終わったはずだが、感情がない。選手たちは崩折れるでもなく、喜ぶでもなく、ただ淡々と整列し、握手をした。

大分は勝ち点1を積んだ。後は2つの他会場次第だ。松本は依然スコアレス。我々4人は1人のスマホで町田対東京ヴェルディの試合を見る。やはり町田は諦めずに攻めている。
1点でも町田が取れば終わるのはヴェルディも同じだ。彼らも負ければプレーオフ圏外に押し出され、昇格の可能性が消える可能性があるのを知っている。ヴェルディのゴール前を何度もボールが往復し、ヴェルディは必死で耐えている。緑色のユニフォームがボールをクリアするとホイッスルが鳴り、青のユニフォームが崩れ落ちた。

スマホを持っていた隣の男が吠え、自分も吠えた。顔が上がってスタンドが見えると、周囲の顔がこちらに向いているのがわかった。我々の様子に状況を理解したのか、歓喜の波が広がっていくのが見えた。前半に得点をしたときとは比べようもない熱量で再びハイタッチとハグが繰り返される。ピッチではスタンドの盛り上がりに気づいた選手たちが跳ね、こちらに向かって歩きだしていた。少なくとも秋天の陽炎2は暫く書かれそうにない。
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結局松本は引き分けに終わったため大分トリニータは優勝はならなかったものの、2位での昇格を手にすることができた。
ゴール裏は『大分よりの使者』の合唱で出迎え、選手スタッフと歓喜を共有した。片野坂監督がメガホンを取ってサポーターへ挨拶した場面では、もはや恒例となった監督の声枯れに心構えをしつつも、やはり枯れている声に笑いが広がった。このサッカーがJ1でどれくらい通用するかチャレンジしたいという言葉に続投を確信して安心することもできた。

スタジアムを出てから宿で解散するまで「良かった」という言葉を何十回言ったか、また聞いたかわからない。簡単な試合ではなかったし、ギリギリで優勝を逃したことよりも、無事に昇格することができて良かったという安堵が何倍も大きかった。

来年はJ1での残留を目標とした厳しい戦いが待っているだろうし、勝てない期間が続くことも十分あり得る。事実、前回昇格した13年はホーム無勝利で降格している。
それでも、09年に初めて降格してからはチーム消滅の危機に曝されたり、J3まで降格したりと荒波に揉まながら選手やクラブサポーターが残り、再び上を目指せることを証明してくれたのだから、暗闇の中に居たとしても次の光を探し続けることができるだろう。

最後に。
本当に昇格できて良かった。

秋天の陽炎 (文春文庫)

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