今日の仕事は楽勝だった。
隣県への日帰り出張だったのだが、午後から開催される会合に出て、3~4時間有り難い話を聞いているだけで終わってしまった。
片道2時間余りの列車では、本を読んだり、音楽を聴いたり寝たりとほぼ趣味の時間。
普段の低賃金で定時まで働かされた後、更に無賃労働を強いられる生活とは比べるべくもない。
そこに、伝家の宝刀直行直帰を持ち出せば、目覚める毎に出勤したくないオブザイヤーを塗り替えているオフィスへ出向く必要もないので、こういった機会があれば積極的に参加することにしている。
勿論他の日にしわ寄せが行くのだが、かりそめでも、つかの間でも会社を離れたいその気持ちの強さを皆さんには感じ取って頂きたいと思う。
というのは今回あまり関係なく、要は、午後の仕事の前に出張先でラーメンを食べたという話だ。
以前、とんかつが乗ったラーメンの話をした時に、チラッと出した、高菜の話。
ネットでは半ばネタコピペ化されていて、そのエピソードの強烈さ故、知名度はなかなかのものだ。
元は個人ブログの記事で、「看板も出ていない、知る人ぞ知るラーメン店を訪ねて行ったが、ラーメンが来る前にテーブルの上の高菜を食べたら店を追い出された。」という内容だ。
どこか異世界めいた雰囲気すら漂う内容に、コピペを知ってはいても、真実だと思わない人もいるかと思う。僕もそうだった。
しかし、そのラーメン店は福岡に実在する。
博多駅から徒歩20分ほどの所にあるその店には、噂通り看板もなく、ただ営業日を示す青いバケツがぶら下がっているだけだった。
開店を待つ客の行列が無ければ、知っていても店を素通りしていたかもしれないし、ましてや知らなければとてもラーメン店には見えない。
そっと列の最後尾に着けると、後ろに並んだ客から「高菜」の話が出る。間違いない。ここだ。
(退店時の写真)
店名が掲げられていないので分からないが、元気一杯という名前らしく、店名で検索すると恐ろしいエピソードがぞろぞろと出てくるので、読み物としておすすめしておきたい。
11時30分を過ぎた辺りで、半開きだったシャッターが開き、開店。いよいよ店の中へ入る。
10数席の店内の、案内されたカウンターへ着席する。
予想に反して普通の雰囲気だった。ラジカセから流れるFM福岡の番組が父の日特集をしている。
しかし、辺りを見渡すと、目の前には「携帯電話禁止」の立て札が複数。
スープに命を掛けているから携帯電話や読書は禁止、撮影、喫煙もアウトとのことだ。これらも何箇所かに貼りだされている。隣りに座った紳士が緊張し始めたのが伝わってくる。
そして高菜。2席に1つの割合で丼に山盛りになった上に、取り箸まで刺さった高菜の唐辛子漬けがテーブルの上に置かれている。
こりゃ食べるでしょ。完全にトラップである。
あまりキョロキョロしていても何を言われるか分からない上に、時間を潰せるツールの使用は禁じられているので、隣の紳士と共にただ目の前の壁だけを眺め続けていると、女性店員がお冷を持ってきてくれた。
どうやら夫婦経営らしい。その場で奥さんにラーメンを注文するシステムのようで、ノーマルなラーメンを注文した。700円也。
さて、水が来たわけだが、僕は水を見つめながら迷っていた。
こんなにも取ってくれと言わんばかりに置かれた高菜に手を伸ばせば、そこでゲームオーバーなのだ。もしやこの水も…と。
死が人間の必定であったとしても、僕は豚骨スープの匂い漂うラーメン店で死にたくはない。
勿論、実際に死ぬわけではないが、君子危うきに近寄らずを実行することにし、ただひたすらに壁を見続けた。
隣の紳士も同じ結論に達したらしく、二人共水に手を付けることはなかった。
ラーメンが「まずスープからどうぞ」の忠告とともに届いた。
見た目は、脂が浮き、泡立ったら消えない程のこってり系豚骨ラーメンだが、そういったラーメンにありがちな臭みはあまりない。
ここで麺から食べたりかき混ぜると退場とのこと(他にも不文律は多いようだ)なので、そのままれんげでスープを味わう。
とろっとミルキーなスープをすすると、サラサラとした感覚が舌に伝わる。煮こまれた豚骨その他が微細な粒となってスープに満ちているのか。
麺は博多ラーメンによくある細麺で、引っ張るとぷつんと軽い反動をともなって切れる弾力。
こちらもまたよく煮込まれたチャーシューが、箸で持ちあげられないほどトロトロになり、スープの一部になっていた。
豚骨ラーメン初心者にはあまりオススメできないタイプのラーメンではあるが、まあ美味しかった。
ラーメンも中盤になると、どうしても気になってくるのが目の前の高菜だ。
そろそろ良いだろうと丼に放り込むが、一つ一つがなかなか大きい。博多ではこういうものなのだろうか。
そして食す高菜。思ったよりも辛いが、味は悪くない。
が、ラーメンの味がわからなくなってしまった!舌が麻痺してしまったのだ。
高菜を食べたあとではラーメンの味がわからなくなるから、先にスープを飲めという店主の言葉通りである。
じゃあなんで置いているんだ。どんどん食べてくれと言わんばかりだが、スープが命だったのではなかったのか。
様々な疑問が頭を駆け巡る中も食べ進めるうちに麺がなくなったが、味がよくわからないスープを完飲する程脂に飢えていなかったので、退店することにした。
店を出ると、まだ行列が続いていた。この店構えでこの客入りは素直に驚くばかりだ。
さよなら元気一杯。
十分に水を飲んで退店したはずだが、口の内外に施された脂のコーティングは、コンビニでお茶を買って飲むまで消えてくれなかった。
ラーメンを味わっている間は、緊張感も緩んでいたのだが、途中で経験者とビギナーの二人連れが隣の席にやってきて、ビギナーが携帯電話を取り出した所、慌てて先輩が携帯電話禁止の立て札を指差して止めた時に「そういうお店」なんだと思い出させられた。
声を出してはいけなかったのだ。気づかれたらサヨナラだから。
あなたが行くのなら軽く下調べをしていくことをおすすめしたいと思う。ちなみに日曜は定休らしいぞ。